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司馬遼太郎思索紀行 この国のかたち 第2集 “武士”700年の遺産

NHKスペシャルの番組トピックスです

2016年02月14日 作成者:Lecter_H
鎌倉時代の武士が育んだ私利私欲を恥とする“名こそ惜しけれ”の精神を考える。

武士と言う存在があったからこそ、明治の近代化がなされた。

(匿名ユーザー)2016年3月6日(日) 22:18:03
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驚くほど手間のかかることを、驚くほどのスピードで、全国一斉に実現したこと。

(匿名ユーザー)2016年3月6日(日) 22:21:03
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例えば、小学校を全国に8年でつくった。

(匿名ユーザー)2016年3月6日(日) 22:22:03
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明治19年には 近代産業の要である鉄の大量生産を実現

(匿名ユーザー)2016年3月6日(日) 22:24:03
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その結果、30年あまりで全国7,000kmに鉄道網をつくった。

(匿名ユーザー)2016年3月6日(日) 22:27:03
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この近代化は日本人一人一人の総力を結集したもの。

(匿名ユーザー)2016年3月6日(日) 22:27:03
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司馬遼太郎が注目したのは、日本人の心根だった。

(匿名ユーザー)2016年3月6日(日) 22:28:03
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明治の役人達には一切汚職というものがなかった。

(匿名ユーザー)2016年3月6日(日) 22:29:03
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この時代、みんなが”公の意識”と言うものを持っていた。それは高い倫理観とも言える。

(匿名ユーザー)2016年3月6日(日) 22:30:03
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この高い倫理観のルーツは武士にあると見た・・・司馬遼太郎

(匿名ユーザー)2016年3月6日(日) 22:30:03
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それは鎌倉時代の武士から始まった。

(匿名ユーザー)2016年3月6日(日) 22:31:03
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坂東武士ね。

(匿名ユーザー)2016年3月6日(日) 22:34:03
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武士の潔さ

(匿名ユーザー)2016年3月6日(日) 22:34:03
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武士の倫理観が重要だった。名こそ惜しけれ・・・恥ずかしいことはするな。

(匿名ユーザー)2016年3月6日(日) 22:37:03
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名を汚すようなことをするな。

(匿名ユーザー)2016年3月6日(日) 22:37:03
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坂東武士の源流 高知県 梼原(ゆすはら)町にある!?

(匿名ユーザー)2016年3月6日(日) 22:43:03
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平安時代、農民達がいろいろなところから集まって過酷な開墾を始めた。こうした開拓農民こそが坂東武士の源流らしい。

(匿名ユーザー)2016年3月6日(日) 22:46:03
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公家の支配が及ばないところで、開墾を始めたのか。

(匿名ユーザー)2016年3月6日(日) 22:48:03
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有力な開拓民のなかから武士と言う存在が現れる。

(匿名ユーザー)2016年3月6日(日) 22:48:03
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墾田の農場主こそが武士だった。

(匿名ユーザー)2016年3月6日(日) 22:49:03
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そんな武士が集まったのが鎌倉幕府だったのか。

(匿名ユーザー)2016年3月6日(日) 22:50:03
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幕府は武士に土地の所有を認める安堵状を発行した。

(匿名ユーザー)2016年3月6日(日) 22:51:03
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土地を所有する喜びを得た。

(匿名ユーザー)2016年3月6日(日) 22:51:03
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北条氏の支配が広がった頃、『名こそ惜しけれ=恩義のある人のために』と言う倫理観が戦国という時代に『領国のために』に変わってきた。

(匿名ユーザー)2016年3月6日(日) 23:24:03
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『公のために』になった。

(匿名ユーザー)2016年3月6日(日) 23:26:03
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武士の間で育まれた、”公の意識の結晶”ともいうべき人物がいた。

(匿名ユーザー)2016年3月6日(日) 23:28:03
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秋田藩藩士 栗田定之丞(くりた さだのじょう)らしい。

(匿名ユーザー)2016年3月6日(日) 23:31:03
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秋田の沿岸部の新屋地区は日本海からの強風で起きる飛び砂で壊滅的な被害があった。

(匿名ユーザー)2016年3月6日(日) 23:34:03
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今でも、栗田定之丞は新屋地区を救ったとして今でも英雄として称えられている。

(匿名ユーザー)2016年3月6日(日) 23:35:03
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『公益の神』として祀られている。

(匿名ユーザー)2016年3月6日(日) 23:42:03
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貧しい下級武士だったのに、80kmに渡って松を植えて防風林を作った。

(匿名ユーザー)2016年3月6日(日) 23:36:03
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松を植えても、効果が出るのは15年以上先のこと。

(匿名ユーザー)2016年3月6日(日) 23:37:03
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誰も協力してくれなかった。何の見返りもなかった。

(匿名ユーザー)2016年3月6日(日) 23:38:03
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徐々に、人も手伝うようになった。。。

(匿名ユーザー)2016年3月6日(日) 23:39:03
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江戸時代、ほとんどの武士は貧しかった。公に奉ずる気分が強かった。

(匿名ユーザー)2016年3月6日(日) 23:43:03
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明治の近代化の時代 武士の間に育まれた”公の意識”が庶民の間でも育まれていた。

(匿名ユーザー)2016年3月6日(日) 23:45:03
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明治時代初期、政府は国中の名主に郵便事業を担わせた。

(匿名ユーザー)2016年3月6日(日) 23:47:03
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農民達が自らのお金で自宅を郵便局に改造して、日本に郵便網ネットワークを4年で完成させた。

(匿名ユーザー)2016年3月6日(日) 23:49:03
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明治の日本人に根付いた『この国を良くしていきたいと言う 公の意識』

(匿名ユーザー)2016年3月6日(日) 23:51:03
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日露戦争後の日比谷焼き討ち事件で、日本人のそんな意識が変質し始めた。

(匿名ユーザー)2016年3月6日(日) 23:53:03
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フーリガンみたいだね。

(匿名ユーザー)2016年3月6日(日) 23:53:03
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40年の魔の季節への出発点だったと考える。

(匿名ユーザー)2016年3月6日(日) 23:54:03
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この変質した意識と統帥権が日本を誤った方向へ進んでしまった。

(匿名ユーザー)2016年3月6日(日) 23:55:03
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統帥権国家となった。こんな馬鹿な国家は長い日本史にはないらしい。

(匿名ユーザー)2016年3月6日(日) 23:57:03
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新たな時代に向け、日本人一人一人が確かな個を作り上げていかなければ、また、国が滅ぶかもしれない。

(匿名ユーザー)2016年3月7日(月) 00:03:03
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